12月の夏

 

福岡遠征も無い。神宮公演も無い。皆でビールも無い。ぽっかりと空いた今年の夏。この先ずっと、私が思い出す2020年の夏は暑い8月ではなく寒い12月だろう。

 

f:id:erimaki_7:20201224222246j:image

 

 

12/4、高校生の夏を描いた『夏、至るころ』が公開されました。

原案・監督は2020年のヒロインこと池田エライザさん。

本作は、以前より「映画を撮りたい」と公言していたエライザさんと「地域」「食」「高校生」をテーマにした映画制作プロジェクト『ぼくらのレシピ図鑑』が出会い、実現した作品です。

池田エライザさんは原案・監督としてシナハン、脚本作り、技術スタッフ集め、機材や予算の管理、演出、編集等々もう本当にすごいところまで携わっています。すごいです。

 

舞台は福岡県田川市。子供の頃からずっと一緒に和太鼓の練習をしてきた翔と泰我だが、夏祭りを目前に泰我が受験勉強に専念するために太鼓をやめると言い出す。ずっと一緒だと思っていた親友の言葉に、翔は考える。「自分は何がしたいのか」「幸せって一体なんなのか」答えに迷う翔と答えを持っているかに見える泰我。そんな二人の前に夢を諦めて都会から戻ってきた不思議なギター少女・都が現れる。都との出会い、周囲の大人たちの優しい眼差し、和太鼓の熱。自分の人生と初めて向き合い、それぞれの一歩を選び取る高校三年生の夏の物語。

 

というのが『夏、至るころ』のざっくりとしたあらすじなのだけれど、これが物語の全てであるとも言えると思います。この先にこの作品が提示する答えは無いから。翔ちゃんも、たぶん、最終的に明確な答えは見つけません。

この作品がくれるのは、答えではなく考える時間。夢を見るのが難しい時代に、必ずしも夢を持てと言うのではない。答えに導くでも、これが答えだと示すでもない。考えて、自分なりの答えを見つけられたのならそれで良いし、答えが出なくても良い。ただ、考えるきっかけをくれる。曖昧であることも肯定してくれる。生きる選択肢を増やしてくれる。そういうプレゼントみたいな映画でした。

 

そのプレゼントは今現在同じような葛藤の中に居る高校生にとってだけではなく、少し大人になった私にもちゃんと優しく届きました。

仕事終わりにビールを飲みながら、なんて大人ぶりながら観た彼らの夏は愛おしくて眩しくて、思い返す自分の夏は少しほろ苦くて。

あの頃の私は現実から目を背けて答えを探そうともしなかった。何も考えず、ただ皆が進む方へなんとなく歩いてた。「あの頃」なんて書いたけど、今だってそう変わりはない。明確な将来像は無い。答えも無い。

でもそれでいいんだ、だって私もまだ物語の途中だから。曖昧でも、幸せの欠片をたくさん持っている今の人生はたぶん嫌いじゃない。答えを出すのは別の意味であの頃より難しくてまだまだ先になりそうだけど、これからも時々自分の人生を振り返って、別バージョンの人生を想像して少し後悔したりして、それでもなんとなく幸せだと思いながら生きていきたい。と思います。

 

大きな出来事も明確な答えも無いこのなんでもなさが、池田監督が各インタビュー等で必ずくれる「この映画の余韻を5分でも10分でも、自分のことを大切にする時間にしてほしい」というあたたかい言葉が、自分について考えることを「自分のことを大切にする」って言う素敵な池田監督のお人柄が、私は直球ど真ん中ストライクで大好きでした。

それと(要約ですが)エライザさんがたびたび発信してくれて最近の私の教訓みたいになっている「自分で考えること。自分の選択をすること。そこで出たものが自分自身であること」が物語の全体に散りばめられていて、彼女の考え方を改めて好きだと思ったり。

こういう風に好きに触れることが私の幸せの一つだなあ、と気付けることもまた幸せ。

 

あとは、和洋混在の食卓や若いお母さん設定がリアルよりもリアルな家族の色を表現していることとか。投げかけに明確な返答も相槌も無く成立する男の子同士の会話って不思議だよな、とか。象徴としての青い鳥、人を結びつけるきっかけの鳥(ミドリちゃん)、葛藤する少年と雛鳥、鳥の使い方が本当にすごい!とか。

そこらへんは演出的な知識も語彙力も無いので上手く言えないけど全然なんでもなくないというかめちゃめちゃにすごいので、ぜひとも観て実感していただきたい(雑)

ちなみに私はじいちゃんと春ちゃん(ばあちゃん)の二本煙突のシーンで毎回少し泣きます。

 

主演の倉くんの言葉を借りると「本当に誰も不幸にならない。老若男女、誰が見ても温かい気持ちになれる」そんな映画。

青春真っ只中の高校生にはそっと手を差し伸べてくれる。かつて高校生だった大人には懐かしさと愛おしさとほんの少しの切なさをくれる。大人すぎる大人にだってきっと。そんな映画。

私は池田エライザさんが好きだから、それをゼロにして観ることは出来ないから、好きな人の作品を好きだと思いたい気持ちが無いとは言い切れないけれど。きっと、良い時間を過ごせると思います。今年あまり感じることの出来なかった夏を恋しく思いながら、蝉の声や太鼓の音を感じる冬も心地良いものですよ。

どうかこのあたたかさが、熱さが、一人でも多くの人に届きますように。

 

最後になりますが、池田エライザ監督!池田組の皆様!田川市の皆様!改めて公開おめでとうございます!2020年にも良い夏を有難うございました!

 

映画『夏、至るころ』|池田エライザ監督作品|福岡県田川市